100年後、フロッピーディスクは読み込めるのか?
2012年、スペインでこんなことが起こった。
教会にある傷んだイエス・キリストの壁画を、80代のおばあちゃんが修復したところ、あまりにも味のある出来栄えとなってしまい、ネットで話題になったのだ。
これはいろんな偶然が重なって起きてしまった悲劇(?)だが、このように絵画は経年劣化していくものなので、それを修復して直す人がいる。
一説によるとダ・ヴィンチのモナ・リザは、今とはだいぶ違った色をしていたらしい。
さて、個人的に絵画よりも経年劣化が激しいと思っているのが、デジタル器機だ。
CD、DVD、ブルーレイと次々と新しいメディアが登場するし、古くなったメディアの再生機器はサポートを終了してしまうので、壊れてしまうともう再生できない。
以前、ウィンドウズ95用に作られたゲームを、ウィンドウズ2000でやろうとしたら、まったく動かなかったことがある。
こうなると、ウィンドウズ95が入っているパソコンを中古で買ってこなくちゃもう遊べない。初期の「ポストペット」とかも、今では動かないのではないだろうか。
ゲームに限らず、「買ったDVDが再生されなくなった」なんてこともよくある話だ。僕も作家の講演会を収録したDVDをずいぶん前に買ったのだが、2年ぐらいで再生されなくなった。
その講演には非常に感銘を受けて、一時期は毎晩寝る前に見るという生活をしていたほどなのだが、もう見ることはできないし、あれだけ見たのに内容をまったく覚えていない。DVD自体どこかへ行ってしまい、タイトルも忘れてしまったので、ネットで探すこともできない。あれは本当に何だったんだろう。
最初に「絵画には修復が必要」という話をしたが、デジタル器機もいずれそうなるだろう。デジタルアートの修復家が現れるのだ。
その人のアトリエにはフロッピードライブやMOドライブ、ビデオデッキにLDプレイヤーといったものがいっぱい置いてある。そこで彼はひたすら「50年前のフロッピーディスクに入ったデータ」などを最新の環境で閲覧できるように修復しているのだ。毎日、数十年前のデータと格闘している。
その人はいつもTシャツに短パンで、無精髭を生やし、丸メガネをかけている。横浜生まれだけど出身地を聞かれると「神奈川」と答えるし、英語がペラペラだけど自分からTOEICの点数を言うことはない。
子どもたちからも慕われていて、近所の小学生と一緒にファミコンゲームをやったりしている。
そんな彼にも悩みがある。昔、別れた彼女が忘れられないってこと。それを引きずっていて、今でも新しい恋愛ができないでいること。
「きみの手にかかっても、過去の修復はできないってことかい?」
行きつけのバーで横並びに座りながら僕がそう言うと、彼はワインを飲み干し、こう言った。
「本当はどんなものだって修復なんかできないのさ。その時、その一瞬だけが本当の”リアル”なんだ」
彼は悲しげな横顔でそう言っていた。
(おわり)